Ponte de pie !
Ponte de pie !(ポンテ・デ・ピエ)とは、スペイン語で“立って!”を意味するファクトリーブランド。 50年の歴史の持つ規模は小さいが有名ブランドの靴下を手掛けてきた靴下工場が自分らの誇れる理想の靴下を目指して試作を繰り返してきた。
父、娘、娘の友人。
父・・・靴下製造販売という業界で、スポーツブランドのOEM業務に携わり50数年生き抜いてきた靴下一筋の人間。 そのノウハウを2人に伝えようと日々説教おやじとなって二人に煙たがられている存在。
娘と娘の友人・・・二人の結束はとても固く、父の思いとはうらはらに、いつかOEMから脱皮して自分たちのブランドで生き残っていく道をめざしている。
この三人で取り組む「生まれたままの靴下」。
今迄OEMの仕事が中心で、より良い靴下を作りお客さまに提供したいと思いながらも、価格競争や数量的な問題で、自分達の思いとギャップのある商品を作り出すしかない日々に追われていた。そんな中,今回のプロジェクトを知った。 “定番商品をつくる”という目標に向けての取り組みには、今日までの時間の引き出しから良いものをとりだしていくという点で、社長(父)の協力は不可欠。 そして、そこに新しいこだわりをつけ加え、試行錯誤を繰り返しながら三人で作っていく事になった。
●杉田利一靴下工場 奈良県北葛城郡広陵町安部763
“生まれたままの靴下”
Choreograph : dance style
Choreograph(コレオグラフ)は、ダンスの精神を日常生活に活かすこと(dance style)をご提案するメーカーズブランドです。 立ち上げたばかりのブランドで、店舗もまだありませんが、時間をかけて徐々に進化していきたいと想います。
「メリヤスのことを漢字で『莫大小』と書くように、大きいも小さいもなく、伸び縮みをするのがメリヤス生地の特長。 私たちの工場にある、巨大な寸胴状の編機から毎日生み出されています。
機械の種類や、糸、編み方を変化させることで様々な生地が出来上がります。 今回は、どんな生地が出来るのだろう。ドキドキしながら、機械の中で回転する生地を見つめます。 しかし、どんな服が出来上がるのだろう、その服にはどんな意味や価値があるのだろう、と考えたことはありませんでした。 たくさんのニット生地を長年に渡って造りつづけて来たのに、実際に服を身に付けられるお客様のことなど考えたこともなかったのです。
自分たちの考える価値を、誰にとっても身近な存在である『服』というカタチに具現化し、自分たちでお客様に提案してみたい。 それが私たちの根っこにある想いです。
微細なニットを立体裁断して出来上がる服は、柔らかな伸縮性でお客様の体に優しくフィットします。 体がゆったりすると、心もなんだかゆったりしてきます。 心と体、そして服との深い関係…体を通じて心を表現するものが服なのだと私たちは考えました。
自己表現のカタチは世の中にたくさんありますが、モダンバレエ、モダンダンス、コンテンポラリーなど、 テクニックの枠にとらわれない身体による自己表現は、ダンサーのウェアそのものに顕れています。 ダンスウェア、これこそが私たちの考える価値ある服であり、私たちの手で、お客様に提供したい服なのです。」
●URL : http://www.choreograph.jp/ ●ナカオカ株式会社 奈良県大和高田市片塩町8-16
Jaguars
かっては革製スキー靴で全国を席巻した靴職人が新たな気持ちで臨んだセミオーダーのカジュアルシューズ。新庄が引退時にはいたスパイクも彼の手によるもの。
野球スパイクでは後発であったが、10年前にそれならと、1足1足お客様の声を聞きながらつくる事にした結果、一部のプロ野球選手からも愛好者が出現。 スキー靴の時と同様にこだわった足型で、包み込むように履けるスパイクの追及をテーマに掲げ、取り組んできた。
「ここにきて、ようやく私共を知って頂けるようにもなってまいりました。しかし、こだわりのあるシューズで、しかもセミオーダーとなるとどうしても高くなり、多くの方々に履いて頂くにも限度が有ると思います。しかし、こだわりこそが、私共の原点。また国内でつくることにこだわりを持ち続けることも、私共の原点と考えています。他に無い、お客様一人一人の声を聞きながら包み込むように履ける靴を常に追い求めています。」と靴職人は語る。
■ジャガーズ創工株式会社 奈良県磯城郡三宅町但馬478
丸山繊維
襖(ふすま)は、和室の仕切りに使う建具のひとつ。木製の枠組みの両面に紙または布を張ったものだが、奈良は現在も襖生地の主要産地で、そのルーツは蚊帳(かや)にある。
丸山繊維産業は、80年前、蚊帳の製造で創業。
しかし、昭和40年頃から蚊帳の衰退が始まり、奈良町界隈に多くあった蚊帳の製造も廃業が続く中において、蚊帳で培われた技術を現代に生かしてギフト用ラッピング資材「マルラップ」、和風インテリア用の布地「ならっ布」のブランドでのラインナップ展開を図っている。
蚊帳はもともと目が粗い織物であるが、綿、麻、絹、レーヨン、ポリエステルなど素材を変えることによって様々な用途に用いることが可能になる。
また撚り紐(よりひも)に着目して、撚り紐、染織、製織、加工までのすべてを自社の工場で一貫生産して100%紙の布が誕生した。 これを用いたブックカバーは、使えば使うほど手に良く馴染むと好評である。
●丸山繊維産業株式会社 奈良県天理市長柄町695

トモイ
明治の初め、貝ボタンの製造は文明開化という波に乗って、洋服の文化と一緒にドイツから神戸、大阪を経て現在の奈良に落ち着いた。南洋の海原で生まれた貝が故郷から遠く離れたしかも内陸の奈良で生まれ変わり綺麗なボタンになった。 一時は世界一にまで登りつめ、今も尚、イタリアをはじめ外国では“Ten”=天、"Yoko”=横、“Sio”=塩など貝ボタンの用語には日本語が使われている。
貝ボタンの製造は奈良県磯城郡川西町の地場産業で、この地域が占める全国シェアは約90%である。なかでも同社の製造量は、全国シェアの約70%を占めており、大半が同社で請け負っていることになる。
昭和20、30年代のピーク時には、200軒のボタン屋が軒を連ねていたのが、現在は10分の1に減少。(株)トモイは、この地で89年の業歴を誇る貝ボタンの老舗メーカーである。
化石燃料から出来るポリエステルボタンに押されているが、そろそろ地球が悲鳴を上げ始めている。 海の恵み、地球に優しい貝ボタンを何とか復活させたいと願っている。
■株式会社 トモイ 奈良県磯城郡川西町唐院201

徳田銘木
弊社の商品はすべて自然木ですから、一つ一つの商品にそれぞれ個性があり、二つと同じものはありません。また、風合いや雰囲気など、実物を見たり触れたりしないと伝わらないこともあります。
自然木・天然木はふんだんにありますが、それをどう活かすかは、施工や加工に関わる方々や、実際に使用する方のアイデア次第です。ぜひ実物を見て、アイデアをふくらませてみてください。また、徳田銘木には林業に関する様々な新しいアイデアやノウハウがあります。同業の方の視察も歓迎しています。
- 建築デザイナー・設計事務所の方
- 工務店・建築施工の方
- 建具製作の方
- 寺社建築・宮大工の方
- 住宅リフォーム(内装・外装)の方
- 家具製作所・木工所の方
- 材木商・建材商・銘木商・銘木市場の方
- 飲食店など店舗のオーナーさま
- 一般のお客さま
以上のような方々のどなたにも、徳田銘木は見学・視察に来ていただきたいと考えています。
株式会社 徳田銘木
奈良県吉野郡黒滝村御吉野12番地

川上村×STOCK FURNITURE
川上村は吉野杉の主産地。 世界の林業の中では、ドイツが人工林としては最古であるとの学術的な裏づけがあるが、吉野も歴史は古く、人工林として植林したのは室町時代である。
建材としての利用は500年前にもなり、名将豊臣秀吉が築いた、大阪城、伏見城も、吉野の材であった。
江戸時代には、酒樽・醤油樽・味噌樽と、節のない木材として利用され、また美しいシンメトリーを描く吉野杉は高級建材とされてきた。
●川上産吉野材販売促進協同組合(川上さぷり) 奈良県吉野郡川上村大字東川758-1
STOCK FURNITURE
「さまざまなモノで溢れかえる現代、ほんの少し丁寧な暮らしをしたい そんな想いから自然から譲り受けた木とという素材を使っての家具づくり そこには自然の息吹が感じられる心地の良い暮らしがあるのでは、 ファニチャーストックの家具づくりはそんな想いのほんの始まりです。」
●STOCK FURNITURE 香芝市下田東3-1235-4
十津川村
昔ながらの古き良き日本の生活が残っている日本最大の村。果無(はてなし)集落を通る道自体が世界遺産に登録されたことでも有名な十津川村だが、村の存続には仕事の創出が不可欠。そこで、木造住宅や、家具産業へのチャレンジ、十津川刺繍の製品化に取り組む。
司馬遼太郎の「街道を行く」の中に、十津川村に関する記載がある。 「『古事記』や『日本書記』は史書として信憑性の高いものではないが、しかしそのなかに十津川人らしいひとびとが出ているということでいえば、記録された最古の山民といえるだろう。中世の稗史(はいし)には弓の精兵(せいびょう)として出てくるし、幕末には農民身分ながら一村が志士化した。」とある。 十津川高校の前身である「文武館」は、江戸時代末の1864年、孝明天皇の内勅により創立されたが、その伝統が今でも引き継がれており、剣道が盛んである。
日本では、精神的価値を高める目的で武道を奨励してきた。武道によって自分を磨くという考えである。 そのような武道の精神を道着に用いられる刺し子織の生地で作られたバッグを通じて伝えていく。村の自然をワンポイントの刺繍であらわし、村の自然や生活文化に関心を持ってもらう考えだ。 そして、同時に、新たな“手仕事”の創出でもある。
山里の暮らしや文化、自然を活かし、ともに学びあう 誰もが住みやすい村を目指している十津川村の活動に、今後とも注目して欲しい。
●十津川村役場 奈良県吉野郡十津川村大字小原225-1

ころころ工房×県立高円高校デザイン科
「木-それは自然、、木―それは温もり、木―それは優しさ。この大自然から贈られた素敵な“木”と言う素材を大切にして、遊び心という味付けをし、手間暇を惜しまず、心をこめて私の愛する作品を仕上げることが喜びです。
私の作品と出会い、日常生活の中で、“やすらぎ”と“癒し”を少しでも感じて頂ければ幸いです。
そのような“木”の作品づくりを楽しんでいます。」
●ころころ工房 奈良県天理市渋谷町370

大和茶「空」
古来より日本人によって飲用され続けてきた緑茶には、近年の研究成果から、次々と健康に役立つ成分が含まれていることも分かってきた。しかし、何と言っても今の時代にも大切なコミュニケ-ションのきっかけになってくれることが、最大の効用である。
「空中大和茶カフェ」の目的は大和茶のPRというよりは、茶農家の方たちの本当の煎茶の醍醐味を知って欲しいという「想い」と、代々自分たちを育ててくれたお茶に対する感謝の気持ちからの行動である。 今までお茶を栽培し加工するだけで、どう流通させるかまで考えなくてもよかった茶農家たちが、人前で語り、丁寧に心を込めて淹れる、それを家族や仲間が見守るといった行為をこの期間限定のカフェで繰り返してきた。 来られた方が“美味しい”と感じることが今後の仕事へのモチベーションにつながっていく。 このカフェは奈良県庁の職員の発案に対して茶農家が賛同し、関係者が自主的に一丸となって、実現した。そこには、単に県内産業の活性化という視点だけではなくて、閉塞感が漂う今の社会に対して僅かでも希望を与える取組みになると皆が直感的にとらえたのがはじまりである。 行政職員の意志を持った行動により競演の舞台が設営され、そこで茶農家が煎茶に対しての想いを真剣に披露する。来られた方にとっても印象深い体験になる。
煎茶は旨味と渋味のバランスを楽しむお茶。同じ茶葉でも、淹れる人によって味の違いが出るのが魅力でもある。 このような急須で淹れるお茶文化を大切にしたいと考える茶農家の想いにも触れてみていただきたい。 そして、これを機会に、ひとりでも多くの方が日常の生活の中に“sencha-break”を取り入れていただくことを期待している。 一服のお茶によって、いとも簡単に気分転換が図れる。これこそが私たちが大切にしてきた“お茶でも一服”の文化である。
●大和茶プロジェクト「空中大和茶カフェ」 http://sencha.exblog.jp/
●大和茶販売株式会社 奈良県奈良市都祁白石町 1240
Sencha+Talking
筆師 鈴木一朗
奈良の伝統工芸である筆の流れをくむ「紅筆」。 熟練の技とともに、竹や木々の自然の美しさを活かした彼の筆の愛用者は多い。
先端を尖らせたカタチで筆先が細いために、輪郭取りが得意だが口紅含みが良いので塗りつぶしもしやすい。
穂先は、リップブラシ用では最高級と言われているコリンスキーを使用。コリンスキーとはロシアや北東中国などにいるイタチの一種で絵筆用でも最高級とされ、その原毛も非常に高価。その中から、さらにコシが強く、絶妙なしなり具合の毛を厳選して、もみ殻を焼いた灰で毛を揉んで煮沸(しゃふつ)して脂肪分を取り除くことで、肌触りが良くてプロが描くリップラインに近づける。
「作り手が使って下さる方を想いつつ筆作りをしていますので、宝物のように大切にして頂けたなら幸せです。」(筆師・鈴木一朗)
●管城 奈良市南肘塚町104-11

松壽堂
墨と云う漢字は 「黒い土」と書く。 「古来、墨の発祥地中国では、どの時期に作物の種を植え刈り取ったか、どの時期に獲物がどの辺に現れ獲得できたかと云う記録を「語り部」ではなく絵や文字で残す必要から黒い石を粉にして漆と併せ木竹に書き残したところから出来た漢字と云われます。 つまり記録(データ)をいかに残し伝えるかを先人の苦労から出来た産物で、私も、この「墨」は未来に残す手段に使って頂ければと考えております。 また、実際にお使い頂いている書道の先生方からお聞きして、墨色を大事にされる先生は使う水にも気を使われたり、「墨を磨るには優しい力加減でゆっくり練るように磨った方が良い」と聞かせて頂いたりします。 弊社の墨を昔購入されて、残った墨の欠片を持って来られ「ずっとこの墨の製造元を探してました。やっと見つかりました。」とおっしゃって頂いた時は、この仕事に携わらせて頂いて本当に良かったと思いました。 「奈良墨」は高品質の墨の代名詞にされていたようです。 現在は子供達が「墨液」の事を「すみ」と言っているのを聞いた時にショックを受けました。あるイベントで子供達に墨を磨らせたら「黒い液が出る」と喜んで磨っていました。近い将来、墨を磨る時間の「ゆとり」、「墨色無限」と云われる「墨」の良さを再認識して貰える時が来る事を願います。」(森克容)
●松壽堂 奈良市東城戸町10

竹茗堂
抹茶を攪拌(かくはん)するための道具である茶荃は、茶の開祖、奈良の称名寺の村田珠光と親交のあった領主の次男、高山宗切(たかやま そうぜい)が考案したことから、奈良の高山地区で茶荃づくりが始まった。 創業500年余の伝統を誇る竹茗堂(ちくめいどう)の第24代当主、久保左文がつくり出す茶荃は、パリのルーブルや、ニューヨークでも、その「用の美」は見る人の心をつかんだ。 茶荃の素材は淡竹と呼ばれる竹の一種。特に近畿地方の太平洋側で採れる山の淡竹は、繊維が細くて密度が高いために最高の素材と言われる。 お茶を点てる、あるいは淹れるという行為も「道」という文字が付くと、少々ハードルが高いと感じられる向きもあるが、まずは茶荃と抹茶を購入して自己流でトライしてみるのも悪くない。 そのようにしてすそ野が広がっていくことが、茶荃師が培ってきた技術や伝統を未来に継ぐことになるかもしれない。
●竹茗堂 久保左文 生駒市高山町6439-3

薬王ウオームズ研究所
西洋医学からは、冷えの病態を認識する事ができないが、東洋医学で冷えを中心に人体を見た時、冷えは体を守るために起こしている自然治癒反応である事が分かる。 人間のカラダは、つねに血液を循環しながら、カラダの隅々にまで栄養分や酸素を送り届けている。 ところが、冷え性で血液の循環がスムーズにいかなくなると、栄養も酸素も届かないので細胞の活性化がダウンし体温が低くなると生活習慣病の引き金にもなる。
日本の伝統的医療では,感情の持ち方やストレスが病気の大きな原因とする。 日本の医療が培ってきた知恵を再登場させて、誰もが本来持っている、病と闘い、治す力(自然治癒力)を高め、身体を整えることが基本である。西洋医学では認識できない冷えに対する対処方法を多方面から提案する。
●薬王ウオームズ研究所/薬王製薬株式会社 奈良県磯城郡田原本町245

collaboration
自らの「仕事」に誇りと想いをもつ者同士が連携し合って、エネルギーを増幅させ存在感を高めていくことにコラボレーションの意味がある。 そこには単純にビジネス面での打算的なもくろみだけがあるのではなくて、ジャズセッションのように競演することで新たな世界観を創出しようとする意味合いの方が大きい。
見る側にもイメージが広がっていくのが魅力であり、新たなライフスタイルを生み出す可能性を秘めている。
■VADE MECVM. Showroom #2(大阪)
■文五郎窯(滋賀) ■八木酒造(奈良) ■松田漆企画(京都) ■株式会社タネイ(愛知)
■公大株式会社(愛知)